2005年11月16日

敵対的買収・・・ドラッカーの発言から

おはようございます。
うまとらです。

阪神に対する村上氏のコメントがだんだん辛辣になってきましたね。
阪神ファンの感情はどうでもいいですか・・・・。
まあ、確かに資本をもっているわけではありませんからね。

先日お亡くなりになったドラッカーのHBR掲載の論文から

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敵対的買収が株主の利益になるかどうかは議論のわかれるところである。
しかし、副作用が深刻なことだけは疑いない。
もちろんアメリカの経営者が市場シェア、研究開発、製品、サービス、品質、
イノベーションまで犠牲にして、短期的な利益を優先させる傾向を持つのは、
敵対的買収の恐れだけではない。
しかし、それが大きな理由の一つであることは間違いない。

しかも、敵対的買収は、会社に働く者に対するあからさまな攻撃でもある。
たんなる脅威が、経営陣、さらには会社の担い手たるミドルやスペシャリスト
の士気を阻喪させるのは、そこに、富を創造するという地道な仕事に対する
軽侮や、マネーゲームの優位性の誇示がうかがえるからである。

乗っ取り屋は、経営陣には、株主の求めに答える責任があると言う。たしかに
法はそのように定めている。しかしその法は、大会社や経営陣なるものが
生まれるはるか前の十九世紀に生まれたものである。

(中略)

経営陣は何に対して責任を持つか、何をとおして、どのように責任を果たすかが
問題である。たしかに株主の利益は重要である。しかしそれは、いくつかの重要
のものの一つにすぎない。
誠治や経済の歴史を多少なりとも知っているならば、乗っ取りブームで象徴され
る今日の株主絶対主権は、工業化前の資本主義、十九世紀の主張である。株主
至上論は、一九八八年の大統領選におけるポピュリズム的公約、反ウォールスト
リート的主張にもみられたように、多くの人たちにとって正義感に反する。

しかも、七〇年ほど前にソーンスタイン・ヴェブレンが取得本能と名づけたもの
を勤労本能に優先させてしまったのでは、経済活動は成立し得ない。会社とくに
大会社は、長期的な観点からマネジメントしなければ、株主のための利益どころ
か、いかなる経済活動もあげられない。
社員、製品、工場、プロセス、技術、
市場への投資が多少なりとも実を結ぶには、数年の期間を必要とする。
しかも、今日では、雇用、人生、コミュニティなどあまりに多くのものが大会社
に依存している。といって株主の利益を他の利益に従属させるわけにもいかない。
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会社は株式公開した時点で、パブリックな存在になるとうまとらは考えています。
当然、敵対的買収に対抗する手段を持っておくべきです。
村上氏の考えも十二分に納得させられるところが多いです。
ただし、敵対的買収はその当事者にとって多くの犠牲を強いることになります。
そのことが本当に企業価値創造に繋がるのか疑問が多く残ります。
ファンドは利益責任があり、売り抜けという出口戦略が重要でしょう。
但し、そんな短期的利益を追求する輩に阪神タイガースを左右されたくないという
のがうまとらの「感情」です。
ファンは今回の買収劇に「感情」でしか話が出来ないですが、阪神という企業価値
にとって阪神ファンの「感情」も一つの経営資源なのでは無いでしょうか?
posted by うまとら at 05:17| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | M&A | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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